2026.01.30

  • 日記

「OUR DAYS」というタイトルについて。

 

「OUR DAYS」というタイトルは、当時も今も大好きな鈴木あみさんの曲名を拝借しました。とにかく、良い曲で、さらには私の思い出、さらには運命の曲でもあるんです。だから、「OUR DAYS」をタイトルにさせていただきました。ブログっぽいワードでもあるなと思いまして。

この曲には、とても素敵な思い出も、とても悲しい思い出もつまっているんです。

というのも、当時小学校4年生だった私はサンタさんに、「鈴木あみと宇多田ヒカルのCDが欲しい」とお願いしたんです。曲名は指定しなかったので、きっと「Be together」が貰えるんだろうなと思っていたら、プレゼントの封をあけると、そこには、どことなく寂しげな雰囲気の鈴木あみさんのシンプルなジャケットに、「OUR DAYS」と。

思った曲とは違ったものの、当時クラシック好きの母のKENWOODにそのCDを入れて曲を聴くと…え、なんていい曲なの?え??と戸惑うほどの素敵な曲。一気に私の中で「Be tohether」を超えました。もちろん「Be tohether」も大好きですけどね。

当時の母はクラシックが大好きで、ちょっとJPOPをバカにしている感じの人だったんですが、「OUR DAYS」には「これ、いい曲ねぇ」と感動していたのを覚えています。母とはあまり仲の良い親子ではなかったですが、10歳だった私は、自分の好きな曲が母に認めたれたことも嬉しい記憶として残っています。もちろん、同時にもらった宇多田ヒカルさんのファーストアルバムも聴きまくりましたが、私の中でのその時のJPOP第一位は、ダントツで「OUR DAYS」でした。

そして、今思い返していて気づいたのですが、なぜかそこには父の姿がありません。

そう、このクリスマスの数日後の大晦日に、父は亡くなったんです。肝臓ガンでした。

今考えたら、クリスマスは亡くなる5日前ですから、病院で治療を受けていたんだろうな、と思います。また、いつものクリスマスプレゼントに比べ、CD2枚というのは少し質素でした。

いつもなら、任天堂64とか、デカめのゴツいプレゼントが届いていたのに、その年のプレゼントがCD2枚と、運びやすく買いやすいものだけだったのは、おそらく母が父の闘病生活で余裕がなかったからなんだろうな、とも思います。

ただ、その一見質素に見えるCD1枚に、私の人生は大きく動かされていくことになるんです。今考えると、何よりも運命的なプレゼントでした。

ただ、この曲を知った直後に父は亡くなりました。父の死より悲しいことは、今でもまだありません。逆に言えば、10歳でこの悲しみを経験したことで、悲しみにはとても強くなったと思います。

当時、バリバリの商社マンを経て父は独立したのですが、商社マン時代、その時代はお酒が飲めなくても吐くまで飲まされるのが当たり前。私も全くお酒は飲みませんが、父も全く飲めないのに商社の営業マンとして頑張りすぎて、肝臓をやられてしまったんです。今の時代の商社なら、きっと生きていたんだろうなと思うと、悔しいですね。

だから、この鈴木あみさんの「OUR DAYS」は、おそらく恋人を想った歌だと思うんですが、私は父を思い出します。「汗をながしているかな、うつむいているかな」みたいな歌詞です。天国で、なにしてるんだろう?って。

私は、鈴木あみさんも、浜崎あゆみさんも大好きでしたが(あみ派でもあゆ派でもありました。)

まずは「OUR DAYS」で鈴木あみさんにハマり、SAというアルバムを当時カセットで買い、(まだカセットが売られていた時代だなんてびっくり)、「私、なんで鈴木あみちゃんの曲が全部こんなに好きなんだろう?」と不思議になり、歌詞カードを見ると、作曲家に、「小室哲哉」と。その時に初めて小室さんという存在や作曲家と言うお仕事を知り、「私はこの人が書いた曲が好きなんだ」と、小室さんのいろんな曲を遡って聞いて、あゆも聞いて、そしてJPOP大好き人間へと成長を遂げていきました。

その時は本当に命を救われたようなものでした。父なしでは生きていけないようなメンタルを、当時の音楽たちがケアしてくれたので。

父は死に、母は父の会社をたたむのに必死になり、父と同時に母も家からいなくなったような感じでした。父の死を、弟と二人で悲しむには、まだ幼すぎたと思いますが、そうするしかなく。でも、音楽は絶対に一緒に悲しんだり喜んだりしてくれる存在で、今思い出してもありがたいです。

寂しさを紛らわせるかのように、私はJPOPを、鈴木あみさん、浜崎あゆみさん、宇多田ヒカルさん、小室哲哉さん関連のアーティストを貪り聴き、今に至ります。

と、ちょっとこの曲には思い入れがありすぎて、重い文章になってしまったことをお詫び申し上げます。ついつい語ってしまいました。

そう!ひとつだけミーハーな話をさせてください。

東京にいた時に、偶然、鈴木あみさんにお会いする機会に恵まれたんです。

その時に、「OUR DAYSでファンになりました。鈴木あみさんのおかげで、小室さんのことを知って、小室さんのファンにもなったんです!」と言うと、笑いながら

「逆に〜?」と言ってくれたんです。

たしかに、「逆」ですよね笑。

でも、ご本人からしたら、逆かもしれないですが、私からしたら、逆じゃないんです笑。

 

その日以降、私はこの、憧れのあみ様から頂いた「逆に〜?」という言葉も、自分の中の宝物の言葉となり、大切に胸にしまってあります。

「逆に〜?」は、崇高な言葉です!

 

 

では。

西内 悠子 Nishiuchi Yuko

Shukugawa→Tokyo→Kobe
ブロガー、OL、ライターを経て今に至ります。

学歴等

<学歴>
夙川小学校
親和女子中学校
親和女子高等学校
同志社大学文学部哲学科

<職歴>
avex株式会社(正社員)
講談社ライター(業務委託)
早稲田大学入試パンフレット制作
著書執筆、等。

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