2026.07.06
- 悠子の日記
父との思い出♡

そうそ、父について綴ろうと思ったんです。
私の父親は、私にとって「完璧なお父さん」でした。私が10歳の時に他界しているのに、父と遊んだ日々は色濃く残っています。
父が55歳の時に私が産まれたので、孫のように可愛がってもらいました。実際、孫の歳ですしね。「完璧なお父さん」というと、ちょっと厳格な人を想像するかもしれませんが、そうではなく、社会的にはむしろイタズラ好きのヤンチャなお父さんでした。
例えば「おい、悠子いくで」と言われて肩車をしてくれて、「よし、隣の家の柿を盗むぞ!!片車してるから悠子がとれ!」と、泥棒の練習をさせてくれたり笑、(盗んだ柿を食べすぎた罰としてアレルギーになったのかもw)
私が足が遅いのを悩んでいたら、「よし、公園行くで」と、ストップウォッチを持って公園へ行って、何日間も、12秒台が6秒台になるまでひたすら特訓してくれたり。
あとは公園でブランコからダーイブ!!の練習もなぜかしていましたwその時の印象深いエピソードがあるので、それはまたここに書こうと思います。
とにかく父は、言葉ではなく遊びや体験を通して、いろいろなことを教えてくれる人でした。
それにしても、父の遊びって「THE昭和」ですよね。父は戦争で集団疎開させられてたから、オモチャもないし自分で遊びを見つけるしかなかったんでしょう。
そのほかにも、「おい、スズメをとるぞ」と、割り箸とキッチンの網のボールを持って、言葉ではうまく伝えられない方法で罠を作って、スズメを捕まえては放す、そいうのもやっていましたw
教育としてはどうなんですかねw
でも私はそんな父との思い出がずっと忘れられなくて。父が55歳の時に私が産まれてるからこそ、寿命に限りがあるとわかっているからこそ、インパクトのある思い出を残そうと必死で遊んでくれたのだろうな、と思っています。
ほかにも、「お父さんは昔、隣の池の鯉を手作りの釣り竿で釣って食べてたんやで」などと、いろんなイタズラの話をしてくれて、そんな中にある親子特有の暖かな空気に包まれている時が、本当に幸せだったというのを思い出します。
私も、他の人にはできないようなインパクトある愛情で娘を育てたいと思うのでした。
私は優等生じゃないけど娘はかなりの優等生らしいから、ちょっとくらいイタズラの楽しさも教えて行こうと思ったりしていますw
Text:Yuko Nishiuchi